Workshop day 10
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue Benazir college
Work of Units
11:00-13:00 Final presentation 1
13:00-14:00 Lunch break
14:00-18:00 Final presentation 2
19:00-22:00 Dinner break
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
10日間のワークショップの最終日かつプレゼンテーション日。最悪の事態(学生に逃げられる)を想定しつつ、日本人側がやや早めに集合。支度にはいる。発表はプロジェクションが基本なので、予想外に進行が早そうである。すぐにインド人側学生が集合してホット胸を撫で下ろす。
今朝までに日本人側のつくったプレゼンテーションのだいたいの構成を説明しつつ、全員の学生で言葉等を入れて、最終の形に仕上げている。インド人側学生は仕事も早く、すぐに構成を理解し、言葉を補充し始めた。見違えるようによくなっていく。発表の順番も決まり、先は見えたようだ。
第一のグループが終わったあと、ほかのグループの準備がまだなので、ユニット3に急遽順番が回る。昼食が控えているので、時間は大丈夫かと聴いてくるので、「とにかく学生発表の邪魔をするな」と依頼する。わかったとスタッフも理解する。地域の高名なる人々がわれわれの話をきいているらしく、お互いに神経質になっている。
発表がはじまった。当日のプレゼンテーションは、上部からのプロジェクションを中心に、参照となる場所の学生たちが撮影した写真をまわりにちりばめた構成。聴衆者、当然机に直に近寄らないと見えないので、雰囲気はかなり良い。プレゼンテーションがはじまる。
当日行なったプレゼンテーション画像は上の通りである。やってきたプロセス、その最終系としてのこのワークショップの間の工場跡地の周囲に生きる人々の隠された交換、コミュニケーションを可視化するガイドルートが提案された。またその他に今回のGPS+写真での記録の方法が持つ将来への可能性が学生からきちんと伝えられた。日本人学生も僕よりぜんぜん英語がうまい。
ファイナルプレゼンテーションの様子
その後ディスカッションにはいる。目的、手法に対する共感が得られたらしい。ジュリーする側のコメントもきわめて好意的である。先日でてきた小栗旬に似たニューヨーカーの「いやな奴」も好意的なコメントを発言しつつ、将来のランドユース計画に汚染の分析の欠落を指摘した。空気の変わりそうな鋭い質問で心配したが、その必要はなかった。「このドローイングは、私たちが周囲を歩きヒアリングをし、その結果得た、要求の図面である。汚染問題とは抜きに将来に対して有効である」とLoveleenが喝破。決着ついた。
ファイナルプレゼンテーションに対するディスカッションの様子。
その毅然さに聞き惚れて、影でちょい泣きしていると、学生に見つけられて笑われた。
一段落、昼食中、ネパールのユネスコ関連の人から、もしよければ同じようなワークショップをやってくれないかと尋ねられた。もちろん行きますよと答えた。
その後も色々とつきあわねばいけないことはあったが、村松伸さんのグループに対するジュリーを聴いたところで、中谷チームは会場を離れることにした。帰りにJubinという、ドラえもんで言うとジャイアンのような参加者が軽々と僕のことを持ち上げて、またこいと言った。俺の生徒になってもいいよと言ったら考えておくとのこと。
翌日午前4時起床。リキシャーで寒風吹きすさぶ冬のインドを空港まで40分。ボパール→デリー→バンコク→羽田で帰路。途中バンコクの空港内のレストランで大盤振る舞いして羽田まで爆睡。終わる。
『ヒロシマ・モナムール』という映画がある。アラン・レネ監督により1959年に製作された。この映画に登場する主人公たる男女二人。一人はフランスから来た女優で日本でヒロシマの映画を撮りにきた。もう一人の行きずりの日本人男性は建築家である。女優には過去に敵国ドイツの兵隊との秘事により、家族に監禁された経緯をもつ。ドイツの兵士は射殺された。複雑な背景を抱えた映画の筋だ。ここに原爆ドームの初期の姿や、丹下健三による広島平和資料館の竣工当初の姿がでてくる。驚くべきことに室内の床には水が打たれ、平和広場には焦土そのままのような空漠さが広がり、強烈な光が射している。日本と言うよりはインドのような風景だ。この映画は僕が常に先行形態論を講演するたびに参照していただくものだ。僕がボパールに来たかったのは、このヒロシマとの重なり合わせが多分にあった。19歳の頃ニュースで聞いた、ボパールの悲劇的な事件は衝撃的なものだったからだ。しかし、
「君は何もみていない」「私はみたわ」
男女によって反復されるこの会話のように、そのような「悲劇」への態度だけでは僕はボパールの現在をけっしてみられなかったろう。二日目に学生たちが、報告してきた工場跡地に普通にはいって、その跡地の気にたわわに実る果物をとって帰る女性たちの群れ、その”グラウンディング”の美しい写真(プレゼンテーションのWALKINGというページの写真に使ったものだ)をみたときに、私たちは方向性を変えた。
そして「悲劇」の影に隠れた、工場周辺の日常生活を記録することに決めた。それがなお汚染の大地の上に実った果実であったとしても。
「悲劇」を基本とする限り、この複雑な土地にコミットすることもできないだろう。この土地に渦巻く様々なコンテクストを知るたびにそのあきらめのみが増幅された。”Jeeth, It is not my business.” 僕はパートナーに語りかけた。でもやはりワークショップは好きなのだ。そのような渦巻くコンテクストを一瞬吹き飛ばすような、だれもが素人になるような、目的と手法が存在する。そのタネを少しは学生たちと共有することができた。
最後に準備のときに最大限の知的協力をしてくれた「タクす会」の石川初、日埜直彦、木下剛、宮崎敦寛に最大限の感謝を記す。
wrote by Norihito Nakatani
Workshop day 9
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue Benazir college
Work of Units
13:00-14:00 Lunch break
Work of Units
19:00-22:00 Dinner break
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
Rest
ワークショップ成果発表会が明日だということを学生から指摘されてあせる。
Jeethがどうしてもやりたいらしい、エモーショナルなデザインエクササイズと、当方の提案した記録分析としてのThe guide to Bhopal, hidden context and daily life at 2011とが交錯してしまい、学生が悩んでいる。学生と相談して、昼間に中谷の方を、夜になったら、Jeethの指導でデザインのリヴィジョンを行うこととする。案の定、学生たちが悩んで生産力が落ちている。少し休みを取ってもらおうと思ったら、参加学生が早々と帰ってしまった。ガーン。大丈夫か?明日のプレゼンテーション本番のために、急遽ベーシックな部分をコンピュータープレゼンテーションにてつくっていたところ、
「あ、これ僕がやってはいけない」
と言うことに気づき、大きな構成のみ日本人学生側と相談して、あとはまかすことにする。全てのトラックログとチームごとのトラックログの軌跡を集めた美しいトレースが徹夜の作業後に寺田から学生に送られてくる。
Sunday 30
January 8 Workshop day 8
Benazir college/on site
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue
Work of Units
11:00-12:00 lecture by Diana Walters (museology)
13:00-14:00 Lunch break
Work of Units
19:00-20:00 Dinner break
Work of units in venue
20:00- Departures, transport to hotels
日曜日だが、ワークショップは続く。
ひとつアイデアがあった。タクす会のときに教えてもらったプレゼンテーションで、プロジェクターを上から吊るし、机の平面をグラウンドにして検討を行うこと。
学生が来る前にそれをおこなった。会場には均等に柱があり、鋳鉄製のブラケットがある。ここに三脚を逆さにしてひもで三点を固定すればできるはず。紐屋は10時から空く。1時間も待っていられない。日本人学生にひもを探してきてと言った。同時に、会場横に住んでいるおばさんから洗濯用の紐をとりはずして、貸してくれとお願い。なんとか成功する。まだ足りない。ウラのゴミ捨て場に言って、ビニールひもを1m発見。まだ足りないと思ったら机の下にあった!学生がまだ来ないので、一人でなんとか固定。学生は紐を買ってきたので、それも使ってさらに固定。もうひとつ買ってきてもらい、先ほど借りたおばさんに新品を渡してもらうことにした。
ハイテクブリコラージュ
*パートナーのJeethから、工場跡地の将来用地計画をそれぞれのワークショップでつくることになったことを聞かされた。昨日できた”Our drawing”で一気に、先行形態を美しいルートのポスターにして終わろうと思ったのだが、仕方がなく行うことにする。Jeethはなかなか面白い設計手法で、昨日できたトラックログの集積を平面にプロジェクションし、工場跡地に、それぞれの役割(森、泉、コミュニテーセンター等等)で、とにかく書くように指示。30分ぐらいで、抽象画が出来上がる。
それを見て、参加学生がまだ工場跡地と他の地域、インフラストラクチャーがつくるバウンダリーにこだわっていることを指摘。おお、なるほどと思う。
その後第二の用地計画にとりかかる。参加学生のスキルがやや不十分なのか、いくつか特徴がある。
・周囲がかかれていない。その結果、現実のスケールが反映されていない。
・大まかな用地計画のくせに豚肉の部位解説のようにテリトリーが先に決められている。
・逆に妙にこだわった意味のない細部
いわゆる、「できない」典型。改良点をいくつか示唆。
・周囲をかくこと(大きな空地のデザインは周囲との関係から見つかることがある)
・将来の用地計画だから、100年後ぐらいを考えるといろいろ自由になれる。例えば鉄道がまだあるとは限らない。
・一回かいた線は消さない。他のものに転用する。
・丹下がヒロシマでやったようにビスタを検討する。
以上である。その結果、Jeethのいったバウンダリーはがんがん消えていく。跡地計画が周辺計画に展開していった。面白かった。ただまだ、彼らのトラックデータにひそむゴーストの出現にはもう少しジャンプが必要。学生もみんなわかっているので明日は、本来の予定に戻ることにした。
内原さんがいい写真を撮ってくれたと思う。
「ドボク系」の学生に「いい先生だろ」と聞いてみる。「もちろん、インドだとドボク系だからケンチク系の話に口を出すなといわれて、デザインすることをあきらめてたけど、先生が箱から私を出してくれたわ。楽しかった」といわれる。その他、いろいろ笑ったり、騒いだりしているせいか、変な先生として通っているらしい。「いままであった中で一番おかしい(delightful)人」っていうメールが来た。
水平プロジェクター片付ける前に、『音速パンチ』のPVを流して、Coccoをいとおしく抱きしめた。
wrote by Nakatani Guru
Saturday 29
Workshop day 7 Benazir College
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue
13:00-14:00 Lunch break
Work of Units
16:30 to 20:00 Presentation by each unit
Q & A Session Observors Invited for Critique
20:00- Dinner break
20:00-22:00 Work of units in venue Benazir college
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
Rest
学生の中間発表の日であった。中間ということでそれほどの特別の準備もせず(一般的に中間発表に余計な時間を注ぎ込むのは無駄だと思う。途中経過を1次会程度でまとめられるぐらいでまとめて一気に出した方が、迫力があるし、弱点がよく分かる)、また各チーム歩き始める。最新の汚染地図と住宅地図をもらう。汚染地図は自分たちで報告書から作成するより引用源がはっきりしている方がベターなのでそのまま使うことにする。
16時30分からの中間発表に備え、このワークショップでおこなうべきことを日本で検討してくれた「タクす会」の石川初、日埜直彦、木下剛、中谷研の宮崎、そしてなぜかそのときつながっていたアムステルダムの吉良森子にスカイプで同時発信で中間発表を中継することに手こずる。新しいヴァージョンで複数同時送信を試みるが、うまくいかない。あわててUSTに切り替える。USTに切り替えたが、結果音声がでなかったとのこと。大変申し訳なくブルーになる。
発表内容は、当方が最初につくったプレゼンテーションでこのユニットの方法を再紹介し(外部クリティックがいたので)、彼らが歩いて、わかったこと、サイト周辺のスモールコミュニティーやエコノミーの特色について発表。我々のユニット、もう工場跡地のことを全く忘れて、周囲の汚染の中で生きる町の方に目を向けている。
インドの質問者側から、「わかった。で君たちの体験は、そういうことでファクトリーサイトの再生にどういう意味があるのかね」という想定済みの質問がでる。
またニューヨークの小栗旬似の通称「イヤなやつ」から、結構好意的な批評をもらう。
学生が言った。「私たちはメモリーを再生しているのではなく、今後メモリーを作り出す今日のボパールを記録しているのです。私たちの記録は、10年後、100年後きわめて貴重な資料になるでしょう。あしたから、わたしたちBhopal Marchの道筋を分析して最終発表に向かいます。」と言ったはずなのだが、途中で写真家の野村さんが帰るということで、発表途中で「野村さんさようなら!」状態になる。野村さんは野村さんで全く問題ないのだが、発表途中の学生のプレゼを遮ったインド人司会者はワークショップでやってはならないことをした。「貴方は全員人を連れ戻してくる責任がある」と述べた後、すごくブルーになった。
その後延々と続くユニットマスターだけの会議(学生とのミーティングをスポイルしている)を中座し、参加学生と会議。
・もう歩かなくてよいこと、
・これからは良い分析をし、太い茎をつけ、良い花を咲かすだけ。みんな何か提案があったら、今夜メールくれといった。僕からはヒントを送ったが、生徒からは来ず。そして矢継ぎ早に、すべての参加者のトラックログをまとめた「ドローイング」が寺田から送られてきた。
村松伸さんから、mAANの事務局を担当してくれていた、益田香(旧姓辻)さんの訃報を知らされる。会場から外れて10分ほど泣いた。
(撮影/野村佐紀子)
Dear participants
My hint is as follows;
Title of final presentation:
The guide to “Bhopal March”, hidden context and daily life in 2011
-You already had a lot of traces with specific theme.
-But Why did you decide “the road”, neverthless you had several routes by what you could caught same result.
-There are more some hidden reason why you selected your route.
-There are Invisible city “ghosts” in your track trace
-Your track log already include your 6 senses.
-Please analyze your senses from the track log and feed back to make The guide to “Bhopal March”.
-From tomorrow, Kao is as artist. She will quit as instant computer programmer. Kao helps you.
-Workshop is not only analyze the site, but also yourself.
regards
Norihito Nakatani Rhenin
wrote by Nakatani Guru (後半に写真があります)
Wednesday 26
Workshop day 3 Break & excursion
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue Leave Bhopal
8:30 – 10:30 World Heritage Site of Sanchi Lecture by Vishakha Kawathekar(Bhopal)
13:00-14:00 Lunch by ASI at Sanchi
14:30-16:00 Udayagiri caves of the Gupta Empire (4th-5th century AD) near Vidisha 15km from Sanchi
19:30 Transport to Bhopal & hotels
インド独立記念日、よって祝日。仏教の聖地であるサーンチとウダヤギリにバスでマジカル・ミステリー・ツアー。
サンチーではスチューパで構成される聖線軸から僧院(修行中の人が住む)を微妙にずらしてあった。ウダヤギリのいわばの眺望から、久しぶりに調和的な風景を見る。岩場をいっぱい駈けたので筋肉痛になる。
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Thursday 27
January 5 Workshop day 5: Benazir College
08:00-08:30 Departures, transport to venue
9:00-13:00 Work of Units
13:00-14:00 Lunch break
14:00-17:00 Work in Units
19:00-20:00 Dinner break Benazir college Work in Units Benazir college
21:00-22:00 Uhihara’s mini lecture using UST
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
*各チーム毎にさらにテーマを絞って歩く。ある地域を決めた悉皆調査は義務を強いることになるのでJeethと相談の上、テーマ重視でファクトリーサイトの周りを自由に歩いてもらうことにする。日が経てば一チーム一枚のテーマのある地図ができると判断。
kabadi+Beekaliは、BeekaliのAnkitaが体調不良で欠席のため臨時合同チームで、サイト南側周辺の旧都市のスモールエコノミーを介在する、人、動物とモノの具体的連鎖を追う。
Nalliは、ムスリム地区、サイト西側に位置するアリフ・ナガールに場所を絞り、公的でない排水経路について、徹底的にリサーチすることにする。
4時からのセッションでは、前者グループはそのテーマに応じた様々な職種の様態、事物の様子を撮影したものを説明。違法といわれるもの、ようは公共的インフラに自力で寄生するデバイスがたくさんあることに驚く。地下上水道のパイプに穴をあけてポンプで引き上げてショートカット、電線を電柱にさらに敷設、自分の場所までの経路が長いため自力で建てた「電柱」など。
チームNalliはリサーチがやや不十分で、きちんと排水経路にそってGPSを用いて自ら歩くことを提唱する。この時点でJubinが抜けて、明日から独自テーマでやることになったようだ。彼らのGPS経路を確認すると、排水経路に直交して見学している、つまり官僚的なチェック方法というわけだ。中島にそれを見せてさらなる奮闘を期待。明日がんばることになる。
テーマはそれぞれ具体的な事物にしぼられ始めていることを確認してセッションを終わり、各自アップロード作業に入る。
現地時間20時より写真家内原の自転車をもちいて2日で1000枚撮った経験をUSTでレクチャー。インドの通信環境ではよくつながったと思う。回線速度が遅いのでどうやらバッファーしているらしく、数分の遅延があった。
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Friday 28 January 6 Workshop day 6
Benazir college/on site
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport
10:00-11:00 Introductory lectures
Lectures by Norihito Nakatani(Japan) “On the trail of “Pre-Existence” at Osaka, Hiroshima” Benazir college
13:00-14:00 Lunch break
Work of Units
19:00-20:00 Lecture Kai Weise (Kathmandu)*Dinner break
Work of Units
22:00-22:30 Return to hotels
午前中、予定のレクチャラーに変更があり、急遽代役を引き受ける。昔書いた「先行形態論」(中谷ゼミナールと共作)で原爆投下後のヒロシマの復興における先行形態の影響をまとめたので、その部分についてレクチャー。現代の都市に隠然と影響を与え続ける地形的形態を先行形態と言っている。要は都市の中の心霊写真を探すものだというと、だいたい皆わかってくれるので、お化けは偉大だと思う。ボパールに来た理由でもあるので、理解をもらってうれしかった。
*11時 Beekali女史チームがいつも刺激的な写真を撮ってくるので、同行することにする。
日本で勉強したドミニク・ラピエール著『ボーパール午前零時5分』で主な場所として登場するオリヤー・バスティー地区から工場北側の敷地外では最も汚染された地域である通称タンクと言われるため池(湧いているらしい)までを歩いて北側を一周する。オリヤー・バスティー地区はサイトの北東側にあり、オリッサ州からの移民で構成されている。きわめて生活環境が円滑に行き届いた環境になっていた。都市的機能と田舎の生産物が絶妙に構成されている。牛の糞を混ぜた壁、その上にトタン屋根、前庭はモールドされ、人々が憩う場所になっている。反応も朗らか。
小さなクリニックにはメディシンガーデンがあり、アロエ等の自然治療薬が植えられている。またメンタルケアの町中講習会なども開催されていた。トラストの存在を感じる。
北西地区はオリヤー・バスティー地区と激しいコントラストをなす。
木がなくなり、気温は上昇し、粗いコンクリートの構造体にブリックを積み込んだ隔離的な環境が続く。途中で線路際のスラムに入る。写真撮影中の女子学生がおこられたらしく、写真撮影中止をいわれる。ほとんどがムスリムであり、大きな家族のネットワークがあり、ほとんど市のコントロールからは放棄された状態と言う。
その後タンクに近づく。田舎からの労働者が新しい上水供給のインフラをつくっている以外は人が極端に減る。タンクに近づくと、人のいない、山羊が草を食むディストピアである。ケミカルな匂いはせず、糞の匂いが鼻を突く。聞くとトイレのない人々の大きな便所になっているという。タンクの中心部分は温度が高まり、異臭がするという。健康上の理由で中心部に行くことをさけ、遠景から撮影。その後ムスリム地区であるアリフ・ナガールへ。閉鎖的な印象は変わらず。身体障害を持つ子供達の病院もコンクリート製で隔離された雰囲気がある。ややナーバスになる。13時終了
その後のディスカッションでは、これまで次第にフォーカシングされてきた彼らのテーマを再確認し、明日の中間プレゼンテーションに備える。チームkabadiは旧市街の裏道を歩くことでスクラップが整理されて、中古品として史上にでるまでをシークエンシャルに歩き、撮影順に見てもそのプロセスがわかる。チームNalliは二つに分かれて、中島は宿題の排水経路をきちんと歩いてきた。GPSで参照できる。その町の閉鎖性がわかったので、がんばりに感謝し同時に詫びる。もう一方のJubinはバイクを用いて、特色のあるモールの違いをテキストで説明。着眼点はいいが、プレゼが物足りないので、モールの連続立面図をつくるように言う。
やや疲労を覚えたので早めに終えて帰宅。
いずれにせよ、このワークショップの一日の時間は長い。主催者側のプログラムはどうなっとるのか。
Its easier said than done, the participants took two days of walking around the neighborhood, near the site to start seeing beyond the things that they wanted to see.
After a lot of convincing that they had to keep at it and dig deeper within themselves and observe what they hear and see.
Today they have been able to scratch the surface and are able to see the patterns that are emerging when they walk. I was explaining that before we get overwhelmed b the problem and jump to the solution, we need to be with the situation in the present context.
The theme was only to guide and direct the participants to look for aspects related to the theme, this gives them a focus and helps them to observe deeper as they engage with the people and the place.
Jeeth Iype – Architect
wrote by Norihito Nakatani (Rhenin Guru)
2011年1月21日
ANA NH1171 羽田0855発、1255香港着
Jetairways 9W77 1940香港発、2325デリー着
同 9W2215 22日0545デリー発、0700ボパール着
配布されたJpgの行き先をヒンディー語で書いたメモを見せて、タクシーにてRCVP Noronha Academy of Administration & Management着
日本側参加者 中谷礼仁、中島洋輔、西吉永一、寺田佳央(プログラム担当)、内原恭彦(ゲストフォトグラファー)
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Saturday 22
11:00 – 13:00
Visit to UC Factory Site for those already in Bhopal For Unit Masters and Observers only
昼食後、非公式にユニットマスターのみでファクトリーサイト訪問。写真を撮影。異様な雰囲気と軽装備での危険地帯の訪問にやや恐怖を覚える。実際建造物下部に入ることはそもそも落下物もあり危険すぎる。中心プラントの他、コントロールセンター内部に入る。ガス爆発を予言した地元のジャーナリストのRajkumar Keswaniの現地でのレクチャーあり。
*午後3時頃ワークショップ先のBenazir collegeに到着
サイトの初見学後、翌日の方針について、中谷、寺田、内原、中島、内原で話し合い
・西吉からサイト内に非公式的な「けもの道」のようなものがあると指摘あり。
・それをもとに翌日の公式見学の間に、中谷はガイドによる道筋、中島は現在の観点で元工場内の計画道路と思われる部分、西吉、内原でけもの道と思われる部分をとにかく歩き、それに応じて写真をとることとする。
16:00-19:00 UNIT MASTER BRIEFING
UnitIIIのパートナーであるJeeth Lypeを紹介される。
Good earthという建築家ネットワークでバンガロウ在住。コミュニティーアーキテクト的活動。アクティビストでもあり、UCサイト南部に住民によるトラストによって建設された病院の設計を担当。集落的な設計手法。一定の手法あり。他のユニットマスターは社会学、博物学のヨーロッパ系、建築デザイン系のインドネシア(maan関係か)、日本人女性写真家野村佐紀子による撮影ユニット、そしてGPSを用いたマッピングという目的の中谷&Jeethユニット
またマリア博士が全く資料を持っていなかったのでいくつかの土壌汚染の意見の異なるレポートを渡す。その代わりに彼女に読んでもらい、基本的な汚染地図をつくるとしたらどことどこの資料を見ればいいかを教えてもらう。
宿泊先、冷たい鉄筋のホテルで、お湯も出ないことが多く、疲労がたまりそうでがっくりする。2日間ほとんど寝ていなかったのでとりあえず防寒して就寝。
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Sunday 23
Workshop day 1 Introduction Benazir college
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30
Departures, transport to venue
9:00-9:30
Welcome and introduction
Moulshri Joshi & Amritha Ballal, Organising Committee Bhopal2011 Benazir college
9:30-10:00 Introductory lecture
Rajkumar Keswani (Bhopal): tragedy tragectory Benazir college
10:00-10:30 Introductory lecture
Akku Chowdhary(Dhaka),International Coalition of Sites of Conscience
10:30 – 11:00 Introductory lecture
Suditya Sinha, SpaceMatters: Site and memorial: putting the workshop in context Benazir college
11:00-11:15 Chai
11.15- 12:00 Keynote Opening keynote by Vandana Shiva Benazir college
12:00-12:30 Discussion
12:30-13:30 Lunch break Benazir college
13:30 sharp Transport
14:00-16:00
Tour of Union Carbide
Factory Rajkumar Keswani & T R Chouhan, Union Carbide former factory site entrance
17:00-19:00 Presentations by Unit masters Benazir college
19:00-19:30 Selection of Units by vote
19:30-22:30 Party + Dinner
22:30-23:00 Departures, transport to hotels
朝食はカレー、ヨーグルト、チャイの他、コーンフレークなど。悪くない。
*午前中長いレクチャーが続くが、いずれも興味深く拝聴。
午後ははじめての参加学生を含んだ公式サイト見学。ガス爆発後にその中和作業にも参加した現地の技術者 T R Chouhanをガイドにエントランスから、フレアータワーを通り、MIC貯蔵所、プラント、爆発したタンクを見学。
その後北側の元貯蔵所付近の鉄筋5層の廃墟上に上る。周囲の環境が一望可能。隣接下村との間に空地が広がり、ダンプが点在。
多数撮影し、ツイッター(id : rhenin)にて報告、掲載する。
中島、西吉、内原のGPS隊は自由に時間を取ることができないため、ガイド開催中に場所を離れるという形で対処。正味一時間の作業。
結果として不十分なデータになったが、元工場の平面図とあわせてみると、けもの道と思われていた道の多くが、実はもとの計画道路であったことに気がついた。未だ無数に道はあり、それが何によってできたのかさらに追求する可能性もできた。しかしながら、サイト内に土壌汚染が激しい部分があることから、全体を詳細に踏破することは、健康上の責任を持ちかねるというチームの判断で、サイト内の踏査は中断とした。けもの道の中には周囲の村から続いてきているものもあり、隔離された壁も壊されていて動物や人間が行き来できる場所も存在する。しかしながら最近新しい壁が建てられてプラントと工場との間は完全に隔離されている。(汚染の激しい地域については後日のスペースマターによるサイトの保存案のプレゼのときにでてきたので写真に撮った。)
カレッジに到着してから17時からおこなわれるプレゼンテーションにあわせて今日の結果をコンピューター上で統合(GPSによるトラックログと対応する撮影写真)。
プログラミング上のまとめに過大なタスクがかかる。要改善。プレゼにおいてもGPSによって何がわかるかを参加者に示せたかどうかは不明。ややブルーになる。
次の日はこのプレゼンテーションを聞いて、希望参加者側が希望先を投票、決定される。
ホテルのお湯は寒く、さらにブルーになる。移ることを考え始める。学生にも状態を確認することにする。
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Monday 24January Workshop day 2 Benazir college
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue
10:00-11:00 マリア博士による植物による土壌汚染改良のアセスメントレクチャー
11:00-12:00 Memorial Proposal Space Matters (New Delhi)
12:00-1:00 Introduction to Units by Jan af Geijerstam
13:00-14:00 Lunch break Working Lunch in Units
Work of units in venue
14:00-16:30
Sambahavna Clinic
Walking test suggested by Jeeth
19:00-20:00 Dinner break
Screening of the movie, Saiba from Bhopal, a documentary by Max Carlson (2011)
Work of units in venue
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
Rest
*午前は二つのレクチャー。土壌汚染改良方法の提案(既存の正確か不正確か不明な資料を使ったもので正確とはいえないが、大きな考え方はわかる)と工場跡地の保存活用提案で設計競技を勝ち取ったSpace matterによるメモリアルの考え方に会場の参加学生から疑問が呈される。
ランチ後参加学生が決定された。人気であったが、みんなドボク系だった!
JAYA(Architect, interested in landscape, was born in Bhopal、その後政府の勤務先の許可が下りず辞退、ユニットマスターを代わってもらえるぐらい優秀だったのに!)
Ankita(Civil Engineer, School planning of architecture Bhopal, master course)
Loveen(Civil Engineer, School planning of architecture Bhopal, master course)
Nishant( Architect in delhi, chool planning of architecture Bhopal, master course)
Jubin(Civil Engineer, School planning of architecture Bhopal, master course)
最初のセッションで、このワークショップの目的、GPSの使い方等を教えて、カメラの時間を合わせる。
その後GPSの個数や地元の知り方のギャップも含めて、とりあえずチームで動くことを提案。受け入れられる。
その後JeethのSambahavna病院を訪問。唯一のガス爆発についてのライブラリーを見学。
その後3チームに分かれて待ち歩き、
女性二人(Ankita, Loveen)チームは写真が巧みでユーモアもある。碑のあるサイト南側の道路から始め、環境と生活の関係を総合的に見せる能力がある。
西吉とNishantaによるチームはカバディワラという、ゴミ回収業者の動きなどに興味を持った写真を撮影してきた。
中島とJubinのチームは、生活用水の状態、地域で突然変わる建築内容、ビルディングタイプなどの指摘。
いずれも発展させ、さらにフォーカスしがいのあるテーマが潜在していると感じられた。以下の進め方を確認した。
1 初期的なテーマを持って町をGPSをつけて町を歩き、気になったものを撮影すること
2 途中でテーマが変わっても恐れないこと、それを展開できるようにすること
3 帰ってきて写真でプレゼンテーションをして、その日考えたことを発表し、皆のクリティック(指導者によるものを含む)を経てから、必ずその日に結果を特設サイトにアップロードすること
4 チーム名を決定すること。チーム名は、順にBeekali(物乞い)、Kabadi(ゴミ)、Nalli(汚物)というひどさ!
プログラマー側のタスクはまだ重く、GPSを使った意義をまだ学生に認識できていない。なんとかしたい。
とうとうホテルを移ることにした。町場の900ルピーシングルのホテル。下町生まれにはありがたい雰囲気。
皆お湯がでて助かった。
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Tuesday 25
January 3 Workshop day 3:
Benazir college/on site
07:00-08:00 Breakfast
08:00-08:30 Departures, transport to venue
09:00-15:00 Work of units
15:00-19:00 analyzing and discussion
19:00-20:00 Dinner break
20:00-22:00 Work of units in venue Benazir college
22:00-22:30 Departures, transport to hotels
19:00-20:00 Dinner break
Rest
*朝から各チームは町歩き、さらにテーマを絞ることとし、
Ankita+Loveen= team Beekali(物乞い), theme ”Connection”
西吉+Nishanta=team Kabadi(ゴミ), theme “Economy”
中島+Jubin=team Nalli(汚物), theme “Sanitation”
とする。
3時に戻ってきてから、写真を各チームピックアップしプレゼンテーション
Kabadi(ゴミ)Economyはゴミ回収業者によるゴミ集めがリサイクラーによって商品に転化する経過や、公式水道や電気からの違法なコネクトの様子を紹介。その状態にはややブリコラージュ的おもむきがあり大変興味深い。後半単に業種紹介のようになってきたが、GPSとの関係でどのような業種がどの位置にあるかを見れれば、その差が顕在するであろうことを寺田と相談。なんとかプレゼしたいと思う。
Beekali(物乞い)Connectionは、工場周囲全体を踏破するダイナミックさである。工場周囲各所に点在するマウンドの自然さと人工性を同時に指摘するようなケミカルな自然と生き物の関わりを活写していて興味深い。牛追いマップなんかいいんじゃないのとニヤッと指導
Nalli(汚物)Sanitationは、下水処理の不足している現地の女性への興味深いインタビューを発表。しかしながらこのような映像は多く見たことがあり、ポリティカルコレクトネスの姿勢を疑わない硬直さにやや疑問を呈す。生活用水はないと言い切ったが、しかしそれに変わる「生活用水」があるわけだから、ないと言い切るのはおかしいと指摘した。
その後皆を集めて、メモリーとレコードがあるとしたら、このワークショップはどちらかと尋ねた。結果としてレコードだということになった。メモリーは主観的なものであり、レコードは客観化されるものである。さらにこう付け加えた。もしガス爆発のモニュメントが工場敷地にできたら、それは観光資源となり、スラムはワイプアウトされるだろう。だから私たちが記録すべきなのは、これから消える可能性のある、悲劇の土地の上の日常生活の様子だとオルグ。ある程度の理解を得たとおもう。一日の休日後さらにフォーカスをしぼって、再開することとした。
一チーム一枚でもいいから地図がつくれれば、3枚、それにこちらが用意したベーシックなマップを追加して組み合わせたら何が見えるか、なんとか実現できるようにお願いする。
Sum up diary for 3days!
Cheer up all students of our units.
Introducing Jeeth Lype, young community architect and innovator.
Write important reply to Japan.
Broadcast our discussion to Taku-su kai in Japan
Write preface of book, and revised.(homework)… done!