初めてこの古民家を訪れたときにただよっていた重い匂い、だいたいそれは湿気のために軸組などが腐朽していることが原因なのだが、それが全くなくなっていた。前面の縁の隅に取り付けられた戸袋は慎重で檜の白さがまばゆい。古色をつけていないのだが、むしろ好ましい(写真3)。重厚なガラス引き戸がつけられている。聞いてみると近所の人からもらったのだと言う。
湧き水の通り道だったせいか三和土に直置きされた大引が腐朽していた土間前面は、以前に付設されていた風呂が撤去されて、気持ちのよい本来の三和土の土間の空間になっている。以前の四つ間はほとんど手をつけておらず、建具をある程度直すだけにとどめている。一番の変更点は厩と母屋の間と母屋の土間とを裏に通じる通り抜けと囲炉裏つきのダイニングキッチンを追加した点であった(写真4)。冬場は少し寒いといいつつ、四方のかけ込み天井の真ん中はちょうど囲炉裏の位置と合うように穴を穿たれ、小屋裏に煙がそのまま立ち上るようになっている。大きく間違っていない。その他いろいろと細かい工夫があって、白杉さん夫妻が日夜検討して細部を調整していることがわかる。軸組は京都方面のエキスパートからの原則をほぼ外さずに大工が追加補強してくれたので安心だろう。こうすれば、住み手は図面を描かずとも、家作りと家具作りのちょうど中間を自ら試行錯誤しつつ行うことができるのであると思う。
残りは土蔵の中のオーディオルームである。白壁は部分々々はがれているのでとりあえずの応急措置をおこなっている。
「この土蔵を直すときには、プロにたのみましょうか、それともどうしましょう?」。もう白杉さんもできることとできないことはわかっている。またいくつか打ち合わせをして、土地のものをたくさんいただいて帰ってきたのだった。
はたして築道はうまく世間に定着しうるのだろうか。現実問題としては、講師の供給不足が問題となるだろう。築道で教える内容には、センスのようなものなど、マニュアル化できない部分を多く含んでいるから、教師の量産は望めない。また、添削が基本といっても、ある程度の案を教師側が出さねばならないことも少なくないだろうし、多数の生徒を一度に教えるのはかなり困難であると思える。他にも、複雑な法体系を前にしては、プロの力に多くを頼らざるをえないこと、このシステムが成立するためには、職人とのネットワークを確保しておく必要があることなど、検討しなければならない課題はある。
しかし、例えば、すでに職人のネットワークをもっている優秀な工務店が、教育として、このような授業を行うことも可能であるし、築道の形態は一つとは限らないだろう。多くの解決すべき点は残されているが、家づくりの全体を学べる学問として、築道のような家づくりのしかたを望む施主は今後増えそう出し、そうすべきだと思う。専門家はお師匠さんとして、きちんと、堂々と受けて立てばいいのである。 / (早稲田大学建築学科准教授:中谷 礼仁)