「一億ですか。それはよくがんばられましたねー。」と当方がやや安心すると、白杉さんは冗談でしょうという面持ちで一桁低い「一本」の値段を提示した。そこには改修費のみならず、家として再生するための初期費用も含んでいるという。やや明るくなった雰囲気はふりだしに戻った。
「残念ながら僕には無理です。他の設計士にあたっても悪い人でない以外は、新築のプレファブ小屋以外は無理と断言すると思います。」
白杉さん夫妻の顔の血の気が見る見るうちに失せていく。そもそもその民家と敷地自体はそれよりも断然安い値段で「購入」したのだから、「消費者」としてはそんなことはないと思うのも仕方ないだろう。
「こんなこと僕が申すのもなんですが、人間が家で生きるためには、初期費用の他にその敷地や家についての維持費用が必要なことはおわかりですよね。」
「わかっているつもりです。」
「しかしながら、白杉さんが今手にしてしまったものは、ようはきちんと手入れをしなければ死んでしまう大型動物つき倒産寸前のサーカス団のようなものです。それらをいかしつづけるためには、いったいどのくらいの労力と費用がかかるか僕には想像もつきません。」
この言葉で当方の暗い気持ちが白杉さんたちにも伝染しはじめたらしい。
「さらに僕がそのメンテナンスに参加したとしましょう。もし白杉さんたちが消費者としての権利を担保したいのであれば、当然僕は契約を交わし、僕は自分の責任や役割を客観化し、社会に明らかにできるような図面や公的な書類を描かなければいけなくなるでしょう。その前に何人かの人に手伝ってもらって茅葺きという特殊な家屋についての専門的な診断やある程度の実測も必要となるでしょう。それにかかる経費を考えた場合、今白杉さんがあげた指一本の半分弱を費やしてしまうかもしれませんよ。」
白杉さんは黙っている。奥さんは何か言いたげだ。
「そんなことよりもむしろ腕と熱意のある大工さんをさがして、当面の応急措置を行うことのほうが大事なのではないですか。その予算ならそれが一番いいでしょう。大きな梁材でも十万円もしませんよ。」当方は否定的な話を続けつつ、与条件に見合った妥当な解決法を頭の中で探している。
「僕の設計でも、がんばらせてもらえたら美的な家はできるかもしれません。でも白杉さんが欲しいのはそうではなく、地域にとけ込んで、自分も安定して住めるそんな家や環境づくりですよね。」
「その通りです。」
「そのためにはある程度の苦労もいといませんよね。」
「むしろその苦労に参加したいと思います。」
「では解決策があるかも。」