●伝統技術なしでも伝統は残るか〜歴史と工学をつなげよう
先の問いかけは、伝統とよばれるものについての取り扱いにも深く関連する。ある形態を存続させるための妥当な全体性こそが伝統の核である。その吟味は因習の保持者に任せることはできない。すでにあったものと新しい要素を如何に組合わせ、その全体性を造り保持するかという、いわば歴史工学的な視点が必要なのである。これは本来の大工達には必ずそなわっていたものではないだろうか。今回の改修においては、その目論見を伝統的プロポーションの検討を主体に展開した。
対象家屋は、尺寸を単位として、63寸(約1.9m)の柱間を持つ京間であることが確認された。
京間とは、計画寸法を柱の真ごとにおさえる関東間(田舎間)と異なって、畳の長手から定まる柱の内々を計画寸法単位とする関西に多い住まいの寸法計画である。(図8:関東間(左)と京間(右)の違い)
その利点は、畳というインテリアが優先していることからもわかるように、躯体に関係なく、内部造作の規格化が行えるという点である。実際これによって、関西の近世町屋では、同一の畳、建具を異なった町屋でも使用可能という、現在でも到達していない明快なシステムを築き上げていた。対象家屋にこのように近代的な計画寸法が内在している以上、これを可視的に語らしめることがひとつの目標となった。
この家の新しい名前である63は、この分析された基本寸法63寸に由来している。同時に柱の主要寸法である3.5寸を考え合わせて、以前の寸法計画をこわさず、かつより展開可能な新しい寸法体系をあてはめることにした。コルビジェのモデュロールの赤系列には偶然63と3.5(単位はmm)が存在していた。それを起点に、試しに63寸から生成するフィボナチ数列を用いて、8つの基本モデュール(63、39、24、15、9、5.5、3.5、2.2、1.3)を仮定した。この数値によって現状の断面計画にあてはめると、理由はよくわからないが、既存の階高、窓高等の要に、ことごとくぶつかった。(図9:尺寸モデユロールによる高さ計画)
コルビジェがモデユロールの巻尺をもってトルコやギリシャの古建築を実測しまくった時の驚きが、ここ大阪でなぜか味わえたわけである。今回の改修の基本寸法ではこれらの寸法のみを主に使ったため、納まり、大工棟梁との寸法共有を快適に行うことができた。また規格の規制は、材に冗長性を与えることにもつながった。当初の伝統的寸法を崩さずに、現代的な寸法関係を重ね合わせることができたと思う。このようにして新しい比例を持ちながら、長屋の町並みにおいては、もっとも古くからあるような不思議な雰囲気に仕上がったのはうれしかった。
また参加していただいた大工棟梁は何でもこなしうる力量の持ち主であったが、何年か後にはそのような技によりかかることのできない状況が普通のことになってしまうであろう。その分ステープラーなどアメリカ流の近代的家づくりの技術は今回の物件でも顕著に流入しており、ほとんど日曜大工的に家は造れてしまう現状も存在する。棟梁とその弟子には、本質的な技術の相違があるようにも思えた。以上のようなひらかれつつある日常的な技術を基盤にしつつも、先の定義に従えば伝統を存続させることは十分可能であろう。大切なのは歴史と工学との結合である。
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