宮殿の押収

”新8時新聞” 1919年4月23日

 

 宮殿を押収するだなんて、まったく誰がこんなことを考えたのだ!いったい誰がこんなとっぴなことを思いついたのだろう!宮殿には住人がいるではないか。住人たちは殉教するつもりだろうか。

 と思いきや、住人たちはあっさり押収されるにまかせたのである。なぜか。宮殿を所有し管理するのは金がかかりすぎるからだ。世間に暮らす普通のひとびとにとって大事なことは、簡単に暖まり、日当たりがよく、天井がそれほど高くもなく低くもない部屋を持つことである。快適さ、ガス、電気の照明、セントラルヒーティングが家に備わっていれば十分。暮らしぶりで人目を引くつもりなど毛頭ない。宮殿は見ているだけならすばらしい施設だが、誰も住みたいとは思わない。家に水洗トイレがあることの方が、壁の厚さが二メートルもある宮殿を所有しているという矜持よりも重要なのである。

「分かった。それならこの古い宮殿に、アメニティを持ち込めばいいではないか」と反論する者がいるかもしれない。(本来アメニティ、セントラルヒーティング、電気照明といったものは、一義的にはすべて節約のためにあるということを忘れないでいただきたい)。だが建築に通じている者なら誰もがこう応えるだろう。

「こんな分厚い壁に囲まれた宮殿だったら、必要な場所をあちこちいじるより、新しい建物を作った方がよほど安あがりだ」。

 しかももっと便利な場所にである。採光に乏しい町中の邸宅や地方の山頂に立つ屋敷を改装するなど論外なのである。前者は健康によくないし、後者は財布によくない。山の上にストーブの炭を運び込むのにどれだけ運送費がかかることか!宮殿を維持するには、宮殿を捨てて外で暮らすより金がかかるのである。だが宮殿の住人はいままでなんとかやりくりしてきた。ノブレス・オブリージュ、貴族たるもの果たすべき義務があるとプライドをかけてきたのだろう。

 そしていまになって国が管理すると言いだし、屋根、樋、祈祷室、庭園、文化遺産、周辺の自然などすべてを保存するために金まで出すという。その金で、われわれ納税者ではなく、厚顔無恥な貴族たちを援助するというわけだ。

(893文字)

 

*オーストリア=ハンガリー二重帝国の崩壊後、1919年4月3日に共和国政府によりハプスブルグ法と呼ばれる法案が可決されたことを指していると考えられる。この法案により、ハプスブルグ家は一族の廃位と国外追放に加え全ての財産を没収された。この際、シェーンブルン宮殿やベルヴェデーレ宮殿などの所有が共和国に移っている。