ユダヤ人の解放

草稿 1900年

 

 ユダヤ人の解放を支持し、ゲットーの存在を憎み、われわれの文化を大切にする者ならば、ウィーンのユダヤ人たちが新たにゲットーを作っていく様子を目にするにつけ心を痛めているに違いない。しかし、ゲットーを出てからユダヤの伝統衣装であるカフタンをずいぶん長いこと着るのをやめていたユダヤ人は、新たに誕生するゲットーに入れば、また誰はばかることなくカフタンを着ることができると喜んでいる。だがユダヤ人たちが買い込んでいる分離派の家具は偽装したカフタンにすぎないのだ。つまりそれによって自らがユダヤ人であるということを隠蔽しているのである。ゴールドシュタイン、ジルバーシュタイン、モーリッツ、ジークフリートといった名前と同じである。

 誰だってその名前を聞けばユダヤだということは見抜く。

 確かに純然たるアーリア人のモーリッツやジークフリートもいることはいる。分離派の巨魁ヨーゼフ・ホフマンが作った家具を持っているアーリア人がいるようにである。だがこれは例外である。

 誰だってそんなことは見抜く。

 私がここで何が言いたいのかを、誤解する者はいないだろう。

 ユダヤ人であることを前面に出すことになんら異論はない。カフタンを着た者に文句をつけるいわれもない。モーゼやサムエルを名乗る者に私は敬意を表しよう。しかしカフタンとサムエルを捨ててユダヤの素性を隠そうしながら、オルブリヒやジークフリートたちの作る偽装したカフタンに手を出そうとしている者を、私は気の毒に思うのだ。

 それでは昔の汚点に逆戻りだ。新しいゲットーの中であわれなユダヤ人たちは、オルブリヒやジークフリートの家具によってユダヤ的なものから解放されると考えているのである。しかしユダヤ人にとって御法度の豚肉のハムを、アーリア人のように食べればそれで解放されるというわけではないのである。

 

(770文字)

 

 

*19世紀後半のウィーンはフランツ・ヨーゼフ1世がユダヤ人に対する差別的制度を撤廃したために多くのユダヤ人が流入し、同化が進行している状態であった。そのため文化の中心的役割を担う人々の中にはユダヤの系統を持つ人物が多く、それは芸術分野も同様であった。分離派に関しても、創作活動を行う者の中には少ないが、新しい潮流の芸術のパトロンの中にはユダヤの系統を持つ者が多くいた。例えば、分離派会館の建設に際して資金援助を行ったカール・ヴィトゲンシュタインはユダヤ系の実業家である。またロース自身、パトロンや施主にはユダヤの系統の人物がいた。ロースハウスの施主であるゴルドマン&ザラチュの経営者や、ロースの建築学校設置に協力していた女校長オイゲン・シュヴァルツヴァルトはユダヤ系統である。

 また、文中に示されているゴールドシュタイン、モーリッツという名前はドイツ系ユダヤ人に典型的な名前をさしている。