「あー、やっちゃったねえ」と思わず洩らしてしまった。
かれこれ3年前のことだろうか、当方が以前勤務していた大阪の大学の研究室でのことである。念願の古民家を格安で手に入れたという白杉さん夫妻(仮名)が、その改修を依頼しにきたのだった。終の住処にする予定なのだという。敷地は約五百坪。近くに村営の、帰農を目指す団塊の世代を狙った小振りの新しい宅地もあったのだけれどやめたのだという。何よりその古民家の方がロケーションもよいし、昔からある村の家の一つだったうえ、あこがれの古民家つきで、しかも格安だったのだ。確かに消費者の視点からいえば格安であったろう。
しかしこの消費者の立場が実はくせ者である。その敷地には厩が付属した60坪程度の中規模な茅葺き(この地方ではクズヤというそうだ。今は鉄板でおおわれている)、四つ間取りの母屋のほかに、離れが一つ、いくつかの小屋、そして農機具を入れていたらしい大きな鉄骨像の倉庫がならんでいるという。そして裏には段々畑があり、こんこんと地下水が湧いている。そんな「よい話」を聞かされるたびに当方の方は彼らの希望に満ちた夢に反比例するように暗い気持ちになってきたのであった。
購入するにあたって何か条件はなかったかを聞くと、購入した状態を保ってほしいというのがなによりも一番の条件だったという。つまり彼らはその村から、消費者ではなく〈管理人〉として見込まれたらしいのであった。白杉さん夫妻とは実は以前にもおつきあいしたことがあって、彼らがとても進歩的な人たちであったことはわかっていた。だから彼らが意気に感じて購入してしまった様子がありありと伝わってくるのであった。
「大変なものを背負い込んでしまいましたね」
当方の次の一言を聞いて白杉さんたちはいっそう怪訝な顔をした。一応当方にある程度の民家改修の知識があることを見込んで、その民家をうまくすみこなすように改修してほしいと仕事を依頼しにきた訳だから、そんな言葉を当方から聞くのはさぞ不吉だったろう。
「お二人で住むんですか」
「たまに娘が来ます」
「畑も手入れされるつもりなのですか」
「はい念願でしたから」
「その村の人になるんですね」
「その覚悟です」
「当方は何をすればいいでしょう」
「古民家の直し方がわからないので、ここは一つ思う存分先生の腕をふるっていただければいいかと」
ちなみに予算はおいくらかとたずねてみる。
白杉さんはにこりと笑って人差し指を一本突き出した。