写真1 住宅地に残る先行形態 (もと前方後円墳) |
写真2 Architectural Osmosis (船橋耕太郎、山田道子) 『先行デザイン宣言』より |
写真3 今和次郎『日本の民家』再訪 四国祖谷谷にて |
早稲田大学 中谷礼仁建築史研究室 | Architectural History, Theory, Temporal Science for Architectual Expression, |
"Nakatani Seminar", NAKATANI Norihito Lab." | Department of Architecture, Waseda University. 建築史、建築理論、歴史工学研究 |
写真1 住宅地に残る先行形態 (もと前方後円墳) |
写真2 Architectural Osmosis (船橋耕太郎、山田道子) 『先行デザイン宣言』より |
写真3 今和次郎『日本の民家』再訪 四国祖谷谷にて |
■なぜ工学なのか |
数年前に専攻を建築史から歴史工学へと改名し、方向性を鮮明にした。勝手にたちあげた学問領域なので社会的認知度はいまだ低いというか、ない。しかし当方はこのジャンルが今後非常に重要な学領域になると思っているので、歴史工学とは何かについてまず説明したい。その後それに関連するいくつかの活動成果を紹介させていただきたい。当方はこれまで建築史学つまり過去の建築的事物を研究の対象としてきた。しかし、ある日散歩をしていて、当然検討すべき命題が全くの手つかずであったことに気づいたのであった。それは目の前に古墳が突然出現したときであった。大阪に生活していたときのことなのであるが、その場所は大小合わせて古墳が40を超える古墳密集地帯であった。計画道路は見事にその古墳を避けて通っていた。つまり過去の事物は、規模の大小にかかわらずこのようにして、ことさら意識もされないうちに、現在に強大な影響を与えている。過去に作られたものとはいえ、そこにある限り、それは現在的なものとして扱わざるを得ないのではないか、と考えたのである。過去は「あった」のではなくて「いる」。むしろ現在は過去からの投影によって成り立っている。この体験以来、当方をとりまく都市は形容しがたい可能的な事物の集積になってしまった。この経験をもとにして過去の事物と現在との関係、その調和的なありようを検討しようとする学問の必要性を思い立ち、それを歴史工学と名づけたわけである。なぜ「工学」かというと、先ほどのような観点から過去の事物を考える場合、これまでの歴史主義や系譜学は補足的な役割に後退し、より普遍的な見地-「工学」を必要とするからである。アンコールワットに代表される修復作業も同じような課題に直面している。また両者の調和的な関係を検討するわけであるから、それはデザイン論にもならざるをえない。このような意味で、同世代の研究者や建築家、そして学生たちと一丸となってこれまでいくつかのその理論の発表や実践、そしてデザイン論を提出してきた。これからの学問なので、どうぞ応援していただければ幸いである。 |
■都市の先行形態とそのデザイン |
当方が歴史工学を意識したのは、都市に潜在する過去の形質の発見(これを先行形態という)が端緒であった。東京は近世以来の町だが、関西は古墳時代から連綿と続いているので、そのヴァリエーションは予想を超えて豊富であった。条里制そのままでつくられた長屋群、宅地化された前方後円墳、そのようなものを発見してはその成立過程を分析した。またその総決算として一端白紙に戻った都市が、改めて過去の都市形質からの影響を受けるかについて被爆都市広島についての事例を分析した。さらにそのプロセスの中での丹下健三の広島平和資料館の普遍的価値を見いだし発表した(「先行形態論」『岩波講座 都市の再生を考える 第1巻 都市とは何か』所収2005)。予想しなかったことなのだが、現広島市長・秋葉忠利氏のコラムで紹介されたときはうれしかった。またそれらをもとにして清水重敦(奈良文化財研究所)、建築家・宮本佳明の環境ノイズエレメントなどと共同し、都市・建築デザインへの提案を行ったのが『先行デザイン宣言』である(雑誌『10+1』No.37,INAX出版)。 |
■人間が媒介する事物連鎖 |
これら成果をもとにして小さな道具や出来事、アノニマスな建築・都市、ひいては地名の名づけられ方までに歴史工学の対象領域を広げ、建築・都市の生きられ方のプロセスを解明しようとしたのが、『セヴェラルネス 事物連鎖と人間』鹿島出版会2005である。事物はそれ以前の事物が持っていた問題を解決した結果にほかならない。そしてそれはさらに新たな問題を生み、いわば事物生成の連鎖を形作っている。新しい事物を作るときに必要なモーメントは人間の瞬発的な選択と決定力である。選択である以上、その可能性は無限ではないが、もちろん一つでもないこのような選択と決意の重層的なプロセスが固有なモノづくりには必要なのである。それをセヴェラルネス(いくつか性)というキーワードで示した。 |
■『日本の民家』再訪 |
そして現在、その応用編というかより実地な展開を蓄積したいと考え民家を訪れている。それも今和次郎『日本の民家』の初版本で紹介した市井の民家を対象として、それらがその本が出版されてから90年後の現在にいったいどのくらい変化したのを分析、採集しているのである。たいへんな作業だが、不惑の40代の作業と思って日々日本をあるいている。その成果は瀝青会という団体名で逐一報告中である。(雑誌『10+1』No.43〜) |
*中谷研究室のポータルページ http://www.nakatani-seminar.org/ 中谷礼仁(なかたに・のりひと) 歴史工学。1965年生。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同大学院修士課程修了。1989〜92年清水建設株式会社設計本部。 1992年〜1995年早稲田大学大学院後期博士課程。大阪市立大学工学部建築学科建築デザイン助教授を経て、2007年早稲田大学建築学科准教授。他者の優れた成果をいち早く世に問う編集出版組織体アセテートを主宰。主な自書に『セヴェラルネス 事物連鎖と人間』(鹿島出版会,2005) など。主な設計作品に『63』。 |